1.中小企業の決算書が正しくない
なんてことがあるんですか?
1.中小企業の決算書が正しくない
なんてことがあるんですか?
表題として記載した「中小企業の決算書が正しくないなんてことがあるんですか?」という質問、この無邪気な質問を、何度も受けたことがあるのですが、
この質問は、
中小企業の決算書は、専門家である税理士が関与し、数年に一度は税務署の調査も受けているので、必ず正しくなっているんでしょ、(正しさは制度的に担保されているんでしょ、)
という趣旨から発せられた質問なのだと思うのですが、
まあ、色々と説明を加えたくなる質問でもあるので、
中小企業の決算書、即ち、中小企業が対外的に発信する会計情報が、
どういう構造の下、どのように作られ、どういった機能を果たし、どのような性質を有しているのか、以下、説明をしてみたいと思います。
先ずは、日本の中小企業の決算書を取り巻く一般的なイメージ図です。
株主
個人保証
銀行
会 社
経営者は現場で起こっていること、CASHを自らコントロール。
営業
製造
ロジ
経営者

情 報
税理士
決算書
税金の申告書
税務署
この手の質問する人って、
「1+1=2」に決まってるんだから、ちゃんとやってれば、経理なんて間違いようがない、って思ってるんだろうな。
会社の範囲は、内側の四角形で囲まれたところです。
経営者は、自ら、事業、CASHをコントロールしています。
コントロール出来ている経営者もいれば、出来ていない経営者もいますが、その点の検討は、今回は省略します。
次に、こうして運営されている会社の会計情報を、誰が必要とするのか、という点ですが、
株主は「=経営者」なので、自ら、会社の状況がよく分かっている。従って、今、ある以上の情報を必要としないし、必要であれば自ら把握できる。
銀行は(借入等の与信を受けている場合になりますが)、不動産担保と個人保証、税務署に提出するために税理士が作成する決算書でOKなので、特別に情報を作成する必要はない。
最後に税務署ですが、こちらはややこしそうだし、専門的な知識も必要そうなので、税理士に任せている。
税理士は会社から必要な情報を受け取り、税務署に提出するための書類、即ち、税金の申告書と決算書を作成する。
ということで、中小企業の決算書は、多くの場合、こういう構造の下、税務署に提出するために作成されているものになります。
従って、「会社の決算書が正しくないなんてことがあるんですか?」という質問に対する回答は、
決算書が税務署から文句を言われないように作られているのですか、という意味で発せられた質問であるなら、「正しくないなんてことはないですよ」という回答になる場合が多い。
(これも、下の②の要因があるので、そうでない場合も結構あるにはあるのですが)
ただ、若し、上の質問が、それ以外の用途、即ち、税務署に提出する用途以外の目的で決算書を使う際に発せられた質問なのであれば、
以下の2つの要因により、多くのケースにおいて「正しくない」という回答になるので、注意が必要です。
① 決算書の多くは、会計基準ではなく税法に依拠して作成されている
② 決算書に記載された情報自体の正確性、記載すべき情報が全て漏れなく記載されているかという
網羅性が、どこまで確保されているのか、何ら表明もされていないし、保証もされていない
①について具体的に説明を加えると、
税法という法律は、何処の国でもそうだと思いますが、所謂、課税所得を多くしようという傾向がある。
課税所得 × 税率 = 税金の額
そのため、収入はなるべく「多く」かつ「早く」、費用はなるべく「少なく」かつ「遅く」認識する。
収入(法人税法では「益金」)- 費用(「損金」)= 利益(「課税所得」)
税法は、法律の性質からして、当然にそういう性質を持っている訳ですが、
そうすると、税法のみに従って作成された決算書というものは、実態よりも見栄えの良いものになる。
更に、もう一つ押えるべきポイントは、税理士は、税務調査において、税務署から指摘されることを嫌がる。経営者も、税務調査で税金を追加的に払わされることを嫌がる。
そのため、税理士の作成する決算書は、多くの場合、税法が規定しているギリギリのところをチャレンジするのではなく、余裕をみていることが多い。
即ち、収入は更に「多めに」かつ「早めに」、費用は更に「少なめに」かつ「遅めに」認識する。
なので、実態よりも更に良く見えるものになる傾向がある。
②についても具体的に説明を加えると、
例えば、在庫が実際にあるかどうか確認するために、会社が実施する棚卸に、税理士が立ち会っています、という会社は殆ど存在しないように、
会社から税理士に渡される情報について、「情報自体が本当にそれで正しいのか、税理士さんが責任を持って見て下さいね」という類のものでないことが多い。まあ、この辺はケースバイケースで、税理士と会社との個々の合意に依りますが。
貸借対照表で言えば、税理士の実施する確認作業の一般的なイメージは、私の経験ではこんな感じになります。
会社から渡された情報を
銀行預金 通帳と合わせる。
売掛金 会社の帳簿と合わせる。
会社の帳簿が正しいかは検証しない。
在庫 売掛金と同様、商品台帳と合わせる。
会社の商品台帳が正しいかは検証しない。
固定資産 固定資産税の申告があるので、固定資産台帳は税理士が作成。
固定資産台帳の内訳を何処まで税理士が確認しているかはケースバイケース。
買掛金 売掛金と同様。
まあ、若し、税理士が検証していないところで問題があり、税務署から指摘を受けても、そこは税理士の責任ではないという理解になるのだと思います。
こういうイメージ、なかなか伝えられないので、長々と書いてきましたが、
会社法では、株式会社の会計は「一般に公正妥当と認められた企業会計の慣行」に従うものとする、とあり、
法人税法も、「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従つて計算され」た収入、原価、費用を出発点とし、それに税法が定める事項を考慮して申告調整(法人税申告書別表四、五)を行い、課税所得を計算する、とあるので、
法律に従えば、決算書は「一般に公正妥当と認められ」た会計基準により作成し、それを申告書で税法の要請に合わせて調整し課税所得を算出する、という流れになるのですが、
実態は、最初から課税所得を計算するベースで決算書が作られてしまっている。
そのため、上のような問題(①の要因)が発生する訳なのですが、
私は会計士ではあるのですが、上の構図を考えれば、「一般に公正妥当と認められた企業会計の慣行」に従って作成された会計情報がなくても、誰にも迷惑がかからないので、それはそれでよいのではないかと思っています。
ただ、問題は何か、と言えば、
昨今、上の構図が当てはまらないケースが増えてきている。
その際、「中小企業の会計が正しくないなんてことがあるんですか?」という質問のように、今、作成されている会計情報が、如何なる目的にでも利用できる「正しい」ものである、といった認識で動き始めてしまうと、
先日UPしたブログのように、経営者の個人保証を外すためのガイドラインを作ったのに、何故、無保証融資の割合がこれしか伸びないんだ、銀行は怪しからん、という議論になってしまう。
それ以外でも、「歳をとったので事業を誰かに譲りたい」でも、「海外に子会社を作って事業を拡大したい」でも、「海外から資本を受け入れたい」でも、
そういった場合、これまでの枠組みで作られる会計情報が、新しい枠組みの中で機能するか、また、機能しないとすると、何をどう変え、作る必要があるか、という議論からスタートしないと、
結局、砂で作った城のようになってしまうのではないかと思う訳で。
最後に、決算書というのは、こんな感じで作られていることが多いため、会社の数字ではあっても、会社自身の数字と認識されていないことが多い。
なので、優秀な会社であっても、決算書に記載された数字の内訳や、金額の算出方法を質問すると「あっ、それは(税理士の)先生が」「あっ、それも先生に聞かないと」という、現場での恒例行事も付け加えておきたいと思います。
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税務署から何か言われたら面倒だから、
この在庫、もう売れる見込みがないけど
費用に落とさずにこのままにしとこうっと。
あっ、その機械、5年前に工場を移転した時に廃棄しているのですが、まだ、固定資産台帳に残っていたんですね。
先生に伝えるの、忘れてました。
事実を正確に把握するところからスタートしないと、結局、無駄になることが多いよね。
必要ないものを態々、
作る必要はないよね。
会計士「あるある」。
不思議だ~。どうして、みんな、中小企業の決算書が信用できる、って、思い込んでるんだろう?